乳脂肪パラドックスの現在地
- 8 時間前
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全脂乳を避ける根拠は、かつてほど強くない。だが「体に良い」とも言い切れない。
健康のために、牛乳は低脂肪を選ぶ——多くの人が続けてきた習慣だ。その根拠は単純明快だった。乳脂肪は飽和脂肪酸を多く含み、飽和脂肪酸はLDLコレステロールを上げ、それが心臓病につながる。だが近年、この一本道の論理に「本当にそうか」と問い直す研究が積み重なっている。逆張りではない。前提の更新だ。
背景には、脂肪=高カロリー、飽和脂肪=動脈硬化という分かりやすい筋があった。だが新しい絵は少し違う。大規模な追跡研究やメタ解析を見渡すと、全脂の乳製品が低脂肪より心臓病や2型糖尿病のリスクを明確に高める、という像は必ずしも描けない。むしろ差が見えない、あるいはやや逆向きの関連を示すデータもある。ただし、これは「全脂が体に良い」という意味ではない。「かつて信じたほど、脂肪の有無で単純に優劣がつくわけではないらしい」という、控えめな更新にとどまる。観察研究が中心で、断定できる段階ではない。
なぜ差が縮むのか
鍵は「食品マトリックス」という考え方だ。乳脂肪は純粋な脂肪として口に入るのではなく、カルシウム、たんぱく質、乳脂肪球膜、発酵で生じる成分などと一体に「包まれて」いる。同じ脂肪量でも、チーズやヨーグルトのような形で摂ると、血中の脂質への影響が単一の栄養素から予想される値とは異なりうる、と専門家レビューは指摘する[5]。たとえばカルシウムは腸内で脂肪と結びつき、便への脂肪排泄を増やす経路が想定されている。発酵によって生じるペプチドや、脂肪球を包む膜の構造も、脂肪の吸われ方や代謝を左右すると考えられている。だから脂肪を"むき出し"のバターで摂るのと、"包まれた"チーズやヨーグルトで摂るのとで、体の反応は変わりうる。「でも飽和脂肪酸がLDLを上げるのは動かない事実では?」——その通りで、LDLは確かに上がる。だがLDLは途中の指標であり、最終的な病気への影響は"食品全体"と"何と置き換えるか"で変わる。飽和脂肪を精製された炭水化物に替えても心臓病は減らないが、多価不飽和脂肪に替えると心血管疾患が約30%減ったとする報告がある[6]。つまり乳脂肪そのものの善悪より、何と一緒に・何の代わりに食べるかが効く。
証拠の強さを正直に。21か国・13万人超を追った前向き研究では、乳製品を多く摂る群で総死亡や主要な心血管疾患がむしろ低かった[1]。乳脂肪の摂取量を血中のマーカー(15:0・17:0)で捉えたメタ解析では、これらが高い人ほど心血管疾患が少なく(相対危険度0.86〜0.88)[2]、2型糖尿病も少なかった(ハザード比0.80や0.65)[3]。子どもでも、全脂乳を飲む群は低脂肪乳の群より過体重・肥満が少なかった(オッズ比0.61)[4]。ただしいずれも観察研究で、長期の無作為化試験はない。死亡率との関連は確認できず、牛乳・チーズ・ヨーグルトの区別もつかない[2,3]。飽和脂肪を控えよという勧告も依然残る[6]——決着はついていない。
明日からどう選ぶか
だから答えは「脂肪=悪」でも「全脂=正解」でもない。選択肢が増えた、と捉えるのが正確だ。低脂肪の味が苦手で我慢していたなら、無理に続ける根拠は弱まった。一方、LDLが高い人や医師に低脂肪をすすめられている人は、その助言が優先される。どちらが正義か、という問いの立て方自体が古い。むしろ差を生むのは、脂肪の有無より①食事全体の質、②何と置き換えるか(加糖の低脂肪乳より無糖を、バターより発酵乳製品を)、③自分の数値だ。牛乳は万能薬ではないし、脂肪の一点で健康が決まるわけでもない。家族にはこう言える——「牛乳の脂肪は"絶対悪"ではないみたい。ただ、砂糖入りを避けるほうが先だよ」。
出典
Dehghan M, et al. Association of dairy intake with cardiovascular disease and mortality in 21 countries from five continents (PURE): a prospective cohort study. Lancet. 2018;392(10161):2288-2297. doi:10.1016/S0140-6736(18)31812-9(PMID: 30217460)
Trieu K, et al. Biomarkers of dairy fat intake, incident cardiovascular disease, and all-cause mortality: A cohort study, systematic review, and meta-analysis. PLoS Med. 2021;18(9):e1003763. doi:10.1371/journal.pmed.1003763(PMID: 34547017)
Imamura F, et al. Fatty acid biomarkers of dairy fat consumption and incidence of type 2 diabetes: A pooled analysis of prospective cohort studies. PLoS Med. 2018;15(10):e1002670. doi:10.1371/journal.pmed.1002670(PMID: 30303968)
Vanderhout SM, et al. Whole milk compared with reduced-fat milk and childhood overweight: a systematic review and meta-analysis. Am J Clin Nutr. 2020;111(2):266-279. doi:10.1093/ajcn/nqz276(PMID: 31851302)
Thorning TK, et al. Whole dairy matrix or single nutrients in assessment of health effects: current evidence and knowledge gaps. Am J Clin Nutr. 2017;105(5):1033-1045. doi:10.3945/ajcn.116.151548(PMID: 28404576)
Sacks FM, et al. Dietary Fats and Cardiovascular Disease: A Presidential Advisory From the American Heart Association. Circulation. 2017;136(3):e1-e23. doi:10.1161/CIR.0000000000000510(PMID: 28620111)
この記事はミルクデザイン株式会社が作成しています。北海道紋別郡西興部村で、萩原牧場のグラスフェッド生乳から牛乳・ヨーグルト・バター・チーズを製造しています。


