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A2ミルクはなぜ日本で話題にならなかったのか

  • 8月18日
  • 読了時間: 9分

更新日:8月19日

日本でA2ミルクの販売がこれまで話題にならなかった理由は、需要の有無ではなく生乳の流通構造にあります。日本の酪農は、地域の牧場から集めた生乳を一つのタンクローリーに混ぜて運ぶ仕組みで成り立っています。この構造では特定の牛の乳だけを分けて工場へ届けることが物理的にできません。A2ミルクは単一の牧場で生産と製造を完結させなければ成立しない商品です。



生乳をタンクローリーで集めて回る日本の流通構造では特定の乳だけを分けられません


日本の牛乳流通は、地域の牧場から集めた生乳を一つのタンクローリーに混ぜて運ぶ仕組みで動いています。毎朝、大きなタンクローリーがいくつもの牧場を順番に回り、搾りたての生乳を吸い上げていきます。Aという牧場には50頭の牛がいて、Bという牧場には100頭の牛がいます。それぞれの牧場で牛が食べているエサも違えば、育て方も異なります。しかし、ローリーの巨大なタンクに入った瞬間に、すべての生乳は一つに混ざり合います。温度管理されたタンクの中で数千リットルもの生乳が均一な状態になり、この段階で個々の牧場の特徴や牛の個体差は完全に失われます。工場に到着する頃には、どの牧場のどの牛の乳なのかを区別することは物理的に不可能です。

牛乳を安定して大量に、そして安価にスーパーの棚へ届けるためには、この混ぜて運ぶ仕組みが非常に効率的です。地域全体の生乳を集約することで、工場は24時間体制で大量の牛乳をパックに詰めることができます。

しかし、A2ミルクを作る上ではこの仕組みが最大の壁になります。A2ミルクは、遺伝子検査でA2A2型と判定された牛の乳だけを集めたものです。ローリーで集乳する過程で、A1A1型やA1A2型の牛の乳が一滴でも混ざってしまえば、それはもうA2ミルクとは呼べません。

日本にA2ミルクが存在しなかったのは、消費者が求めていなかったからではなく、現在の集乳システムの上には乗せられない商品だったからです。大手乳業メーカーが地域の生乳を大量に買い上げて牛乳を作る構造の中では、特定の成分だけを持った乳を隔離して運ぶラインを用意することは現実的ではありません。



パッケージにA2ミルクと書くためには単一牧場で牛の遺伝子を調べる必要があります


A2ミルクを商品化するためには、牧場の中で途方もない手間をかける必要があります。まず、牛舎にいるすべての牛の遺伝子検査を行います。牛の毛や血液を採取して専門の機関で調べ、その牛がA1A1型、A1A2型、A2A2型のどれに該当するかを一頭ずつ特定します。

検査が終わったら、A2A2型の牛だけを別の牛舎に移動させるか、牧場全体をA2A2型の牛だけで構成し直さなければなりません。搾乳の機械も分け、生乳を冷やして保管するバルククーラーと呼ばれるタンクも完全に分けます。朝と夕方の搾乳のたびに、A2A2型の牛から搾った乳だけが専用のパイプを通ってタンクに貯められていきます。少しでも他の乳が混ざるリスクを排除するためです。

このようにして搾られた生乳を、他の牧場の乳と混ぜることなく、そのままパックに詰める設備が必要です。生乳を生産する牧場と、牛乳を殺菌してパックに詰める工場が一体化しているか、あるいは完全に独立した専用の運搬ルートを持っていなければ成立しません。

A2ミルクを作れるのは、A2A2型の牛だけを分けて搾り、他の生乳が混ざらない状態で工場まで運んで製造できる体制を持つ牧場と工場です。専用の設備を二重に持つ例は少なく、実際にはタンクや配管を洗浄したうえで、その日の一番最初にA2ミルクを流す形で作られるのが一般的です。ただし、単一牧場であればA2ミルクになるわけではありません。牛の遺伝子検査をして群を分けていなければ、単一牧場の牛乳もA1とA2が混ざった普通の牛乳です。日本でA2ミルクを作るのは、新しい成分を工場で添加するような作業ではなく、牧場の牛の構成からすべてを作り直すという根気のいる作業です。



ニュージーランドで生まれた仮説は欧州の食品安全機関によって一度立ち止まりました


A2ミルクの背景にあるのは、牛乳に含まれるタンパク質の一種であるA1βカゼインが人間の健康に影響を与えるのではないかという仮説です。この仮説は1990年代のニュージーランドで生まれました。

仮説が広まる中で、A1βカゼインを完全に排除すべきだという極端な主張も見られるようになりました。食品の成分に対する不安が先行し、科学的な検証が追いつかないまま情報だけが独り歩きする状況が生まれました。これに対し、2003年11月21日、ニュージーランドの公正取引当局は関連企業に警告を出し、広告から完全排除を示唆する表現を削除させました。

その後、欧州食品安全機関が科学的な検証に乗り出します。2009年1月29日、同機関は107ページに及ぶ検証報告書を公表しました。この報告書では、仮説を支えた初期研究であるエリオットら(1997年・1999年)、マクラクラン(2001年)、ラウゲセンとエリオット(2003年)の論文が引用され、詳細に吟味されています。

欧州食品安全機関が出した結論は、「ベータカソモルフィン7または関連ペプチドの経口摂取と、示唆されている非感染性疾患の病因・経過との間の因果関係は確立できない」というものでした。これにより、A1βカゼインが特定の病気を引き起こすという仮説は、科学的な裏付けを持たないものとして一度区切りがつけられました。

しかし、この報告書が検証した対象を正確に読むと、別の事実が見えてきます。



欧州の報告書が否定したのは病気との因果関係でありおなかの調子ではありません


欧州食品安全機関の報告書が「因果関係なし」と結論づけたのは、自閉症や1型糖尿病、心血管疾患といった非感染性疾患についてです。牛乳を飲んだときにおなかがゴロゴロする、張るといった消化器の不快感については、この報告書の検証範囲に含まれていません。

実際、107ページの報告書の本文中に「乳糖」という言葉は登場せず、参考文献の欄に1回記載されているだけです。欧州の食品安全機関は「A1ミルクがおなかの調子を悪くする」という話を否定したわけではなく、そもそもおなかの話は調べていないのです。

牛乳を飲んでおなかが不快になる原因として最もよく知られているのは、乳糖をうまく消化できない乳糖不耐です。A2ミルクであっても牛乳である以上、乳糖は含まれています。そのため、乳糖不耐の人がA2ミルクを飲めば、普通の牛乳と同じようにおなかがゴロゴロする可能性があります。

一方で、乳糖ではなくA1βカゼインが消化の過程で消化管に負担をかけているのではないかと考える研究者もいます。おなかの調子という感覚的な問題は個人差が大きく、明確な結論を出すのが難しい領域です。体調やその日の食事内容によっても感じ方は変わります。A2ミルクを飲んでおなかが楽だと感じる人もいれば、変わらないと感じる人もいます。



日本のスーパーや百貨店にA2ミルクが並び始めたのはごく最近のことです


海外での議論を経て、日本でA2ミルクの販売に向けた動きが本格化したのは2020年代に入ってからです。2020年に北海道富良野市で一般社団法人日本A2ミルク協会が設立されました。

その後、2024年1月22日に日本初のA2ミルク品質管理基準と認証制度が発表され、ルールが整備されました。そして2024年3月1日、認証第1号となる「日本A2協会牛乳」が首都圏や関西の百貨店、スーパーの売り場に並びました。続いて2024年3月4日には、東京農業大学稲花小学校の給食でも提供が始まっています。

このように販売の場は少しずつ広がっていますが、日本の牛乳市場全体から見ればまだ黎明期です。2024年8月時点で、国内の大手乳業メーカーによる市場への参入の動きはありません。巨大な工場で大量の生乳を処理する大手メーカーにとって、一部の生乳だけを隔離して製造ラインを動かすことは、生産効率を大きく下げる要因になるからです。

全国のスーパーの棚に当たり前のように並ぶ商品になるには、生乳の流通構造という根本的な壁があります。現時点では、限られた牧場が自らの手で生産から加工までを行い、特定の店舗や直接販売で届けているのが実情です。



売り場でA2ミルクを探すときはパッケージの裏面にある製造者を確認します


日常の買い物のなかでA2ミルクを見つけるには、牛乳パックの裏面を見るのが一番の近道です。表面に大きく書かれた商品名や牧場のイラストだけでなく、裏面の一括表示欄にある「製造者」の項目を確認します。

A2ミルクは他の生乳と混ぜることができないため、製造者が大手乳業メーカーの巨大な工場ではなく、特定の牧場や小規模な処理施設になっていることがほとんどです。単一の牧場で搾られ、そこでパック詰めされていることが、A2ミルクとして成立する条件だからです。

また、価格も一般的な牛乳とは異なります。遺伝子検査の費用や、牛を分けて飼育する手間、専用の製造ラインを動かすコストがすべて価格に反映されています。高いから良い牛乳、安いから悪い牛乳というわけではありません。その価格には、混じり気のない生乳をそのまま届けるための物理的なコストが詰まっています。牛の遺伝子を調べ、飼育環境を分け、専用のラインでパックに詰めるという、目に見えない工程の積み重ねが価格に表れています。

冷蔵ケースの前に立ったとき、いつも買っている牛乳の隣に少し値段の高い牛乳があれば、裏面を見てみてください。それがどこで搾られ、どこでパックに詰められたものかを知ることで、その牛乳が持つ背景が見えてきます。



よくある質問


Q. A2ミルクを飲めばおなかがゴロゴロしませんか A2ミルクにも乳糖が含まれているため、乳糖を消化できない乳糖不耐の方が飲めば、普通の牛乳と同じようにおなかがゴロゴロする可能性があります。おなかの不快感の原因が乳糖にあるのか、それ以外の成分にあるのかは個人差が大きく、一概には言えません。ご自身のおなかの調子に合わせて試してみるのが確実です。


Q. 日本の牛の何割がA2ミルクを出しますか 日本の乳牛のうち、どの程度の割合がA2A2型の遺伝子を持っているのかを示す正確な統計データは現時点ではありません。牧場ごとに牛の遺伝子検査を進めなければ全体像は把握できず、まだその途上にあります。


Q. A2ミルクは普通の牛乳と味が違いますか 牛乳の味は、牛が食べているエサの種類や季節、殺菌温度によって大きく変わります。A2ミルクであること自体が味を決定づけるわけではありません。単一の牧場で作られることが多い性質上、その牧場の牛が食べている草の風味や、季節ごとの味の変化をダイレクトに感じやすいという特徴はあります。


Q. スーパーで見かけないのはなぜですか 他の牧場の生乳と混ぜずに製造・運搬しなければならないため、大量生産に向いていないからです。大手メーカーの流通網に乗せることが難しく、現時点では一部の百貨店や高質スーパー、または牧場からの直接販売が中心になっています。


Q. A2ミルクは加熱しても成分は変わりませんか 牛乳に含まれるタンパク質や脂肪は加熱によって性質が変わりますが、A2βカゼインというタンパク質の種類そのものが加熱によって別のものに変わることはありません。ホットミルクや料理に使っても、A2ミルクとしての特徴は保たれます。



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この記事はミルクデザイン株式会社が作成しています。北海道紋別郡西興部村で、萩原牧場のグラスフェッド生乳から牛乳・ヨーグルト・バター・チーズ・アイスクリーム・ソフトクリームを製造しています。

 
 
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