牛乳のパッケージに「お腹にやさしい」と書くには何が要るのか
- 8月18日
- 読了時間: 7分
更新日:8月19日
食品のパッケージを眺めているとき、薬機法や食品の表現ルールについて疑問を持つことがあるかもしれません。牛乳のパッケージに効果が直接書かれていないのは、効果がないからではありません。効果を書くには、制度に乗るか、行政に求められたときに根拠資料を出せる準備が要るからです。食品の表示ルールにおいて、書いていないことは「存在しない」という意味ではありません。表示の空白の読み方を知ると、スーパーの売り場に並ぶ商品の情報量がまったく違って見えてきます。
食品のパッケージに体の変化を書くと未承認の薬とみなされます
「便秘がなおる」や「健胃整腸」という言葉は、私たちの日常会話でよく使われます。しかし、これを商品に印字して販売すると、未承認の薬を流通させたことになってしまいます。
牛乳はおいしく飲むための食品であり、薬ではありません。食品のパッケージに「医薬品的な効能効果」をうたう表現をのせると、承認を受けていない医薬品を販売しているとみなされます。これが薬機法上の問題に直結する仕組みです。
その判断基準は、厚生省薬務局長通知(昭和46年6月1日薬発第476号「無承認無許可医薬品の指導取締りについて」)の別紙「医薬品の範囲に関する基準」に示されています。そこでは、疾病の治療や予防を目的とする効能効果の例として「便秘がなおる」が挙げられました。また、身体の組織機能の一般的増強や増進を主たる目的とする効能効果の例として「健胃整腸」が記載されています。
牛乳を飲んでお腹の調子が良くなったと感じる人がいたとしても、パッケージに「便秘がなおる」「健胃整腸」とは書けません。一方で、栄養補給や健康維持に関する表現は医薬品的な効能効果には当たらないとされています。「おなかがゴロゴロしない」という言葉そのものが直ちに薬機法違反になるかどうかは、商品の形状や販売方法を含めた総合的な文脈のなかで決まります。メーカーはこうした行政の基準を読み込み、薬と誤解されない言葉を慎重に選んで印字するしかありません。パッケージの言葉が控えめなのは、法令を遵守している証拠でもあるのです。次に見る別の法律も、表示の言葉を厳しく制限しています。
合理的な根拠資料を提出できなければ優良誤認とみなされます
パッケージの表現を制限しているのは薬機法だけではありません。景品表示法は、商品の内容について実際のものより著しく優良と示す表示を禁じています(第5条第1号)。さらに第7条第2項では、内閣総理大臣が事業者に対して裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めることができると定めています。もし事業者が期間内に資料を提出できない場合、その表示は優良誤認表示とみなされる構造です。
つまり、「お腹にやさしい」と書くなら、求められたときに確実な証拠を出せる準備が必要です。さらに、健康増進法第65条第1項は、何人も食品の表示において、健康の保持増進の効果などについて「著しく事実に相違する表示」や「著しく人を誤認させるような表示」をしてはならないと定めています。
これらはメーカーだけでなく、コラムを書く者や商品を勧める者も対象です。違反した場合、内閣総理大臣や都道府県知事から必要な措置をとるべき旨の勧告を受けることになります。「著しく」という言葉がついている通り、単に効果に触れただけで直ちに違反になるわけではありません。しかし、行政から根拠を問われた際に、誰もが納得する強固なデータを出せるかどうかが問われます。個人の感想レベルのデータでは、パッケージに効果を印字する根拠としては弱すぎるのです。では、科学的な根拠を提示するのはどれほど難しいのでしょうか。
牛乳とお腹の関係はまだ科学的な説明が追いついていません
根拠資料を出すのが難しい具体的な例として、最近話題になっているA2ミルクがあります。A2ミルクは、従来の牛乳に含まれるタンパク質の一部が異なる牛乳です。この牛乳について、日本の乳業界団体であるJミルクは2024年8月のファクトブックで現状の評価をまとめています。
そこには「『A2ミルク』が従来の牛乳に比べて『おなかにやさしい』や『おなかがゴロゴロしない』とされる科学的な根拠については、いくつかの介入研究での効果が報告されているものの、その作用機序については科学的な説明が難しく、不明な点も多く存在します」と記されています。
効果の報告は存在しています。しかし、それがなぜ起きるのかという仕組みの部分が、現代の科学ではまだ明確に説明できないのです。Jミルクはこの論点を整理する理由として、「行き過ぎた訴求や科学的に誤った解釈や誤解を避けるために」と明記しました。
科学的に説明が難しい以上、メーカーは「お腹がゴロゴロしない」という結果を断定してパッケージに書くことはできません。書けるのは、含まれている成分の違いや、製造工程の違いといった事実だけです。効果を主語にするのではなく、事実を主語にして表示を作るしかありません。これは、消費者に過度な期待を抱かせないための防波堤の役割も果たしています。
効果の約束がないからこそ自分のお腹で確かめる余白があります
パッケージに効果が書かれていない理由は、ルールによる制限と科学的根拠の難しさにあります。売り場で牛乳のパッケージを裏返してみてください。そこには「お腹にやさしい」とは書かれていません。代わりに、殺菌温度、乳脂肪分の割合、原材料名といった事実だけが淡々と並んでいます。
この表示の空白は、メーカーが情報を隠しているわけではありません。法令を守り、科学的に断定できないことを書かないという誠実さの結果です。書かれていないことは、効果が無いことの証明でも、誠実さの証明でもありません。制度に乗せていないか、根拠を用意していないか、そもそも主張していないか——読み手には区別がつかない、というだけです。
効果が約束されていないということは、最後は飲む人自身の体で確かめるしかないということです。朝のトーストと一緒に飲む牛乳を、いつもと違う殺菌温度のものに変えてみる。成分表示の違うものを試してみる。そうして自分のお腹の反応を観察するしかありません。体質は人それぞれであり、誰にでも必ず効くという食品は存在しないからです。
パッケージに書かれている成分や製法の違いは、あなたの体質に合う牛乳を探すための手がかりです。表示のルールを頭の片隅に置くと、売り場の牛乳コーナーは単なる商品の陳列棚から、自分に合う事実を選ぶための情報源に変わります。明日の朝、冷蔵庫から取り出すパッケージの裏側に、どんな事実が書かれているか確かめてみてください。
よくある質問
Q. 牛乳を飲んでお腹がゴロゴロするのはなぜですか
乳糖を分解する酵素の働きが弱いことが主な原因です。この状態を乳糖不耐と呼びます。牛乳に含まれる乳糖が消化されずに腸に届くと、腸内の水分が増えたりガスが発生したりしてお腹が鳴ります。冷たい牛乳を一気に飲むと腸が刺激されやすいため、温めて少しずつ飲むことで反応が和らぐことがあります。
Q. A2ミルクならお腹がゴロゴロしないのですか
乳糖が原因でお腹が鳴る人には効果が限定的です。A2ミルクはタンパク質の一種であるカゼインの構造が従来の牛乳と異なります。いくつかの研究で消化器への影響に違いがあるという報告はありますが、その仕組みは完全に解明されていません。乳糖の量は従来の牛乳と同じように含まれているため、乳糖不耐による症状を防ぐことはできません。
Q. パッケージに書かれている「栄養補給」は薬機法違反になりませんか
栄養補給や健康維持を目的とする表現は、医薬品的な効能効果には当たらないとされています。昭和46年の厚生省通知でも、一般的な食品が持つ栄養補給の役割を事実として記載することは許容されています。病気の治療や予防をうたう言葉を使わなければ、ルールの範囲内で表記できます。
Q. パッケージの表示が正しいかどうかは誰が確認しているのですか
メーカーが自らの責任で根拠を確認し、法令に沿って表示を作成しています。行政機関がすべての商品を事前に審査しているわけではありません。ただし、景品表示法や健康増進法に基づき、行政から根拠資料の提出を求められた際には、客観的で合理的なデータを示す義務があります。
関連する用語
この記事はミルクデザイン株式会社が作成しています。北海道紋別郡西興部村で、萩原牧場のグラスフェッド生乳から牛乳・ヨーグルト・バター・チーズ・アイスクリーム・ソフトクリームを製造しています。


